
2017年に大きく報じられた山尾志桜里さんと倉持麟太郎氏の不倫疑惑は、国会議員と若手弁護士という立場ゆえに世間へ大きな衝撃を与えました。
当時、子育てや女性の立場を積極的に訴えていた山尾さんの姿と、週刊誌で報じられた親密関係との落差は、多くの国民の記憶に残った出来事です。
報道後には両者の離婚や倉持氏の元妻による手記の公開など、次々と新しい展開が重なり、世間の関心は長く続きました。
この記事では、不倫疑惑が報じられた当時からその後の動き、そして現在までを時系列で整理し、分かりやすく解説していきます。
山尾志桜里と倉持麟太郎との不倫関係についてまとめ

2017年:不倫報道と代表代行辞任
- 2017年9月7日:週刊誌『週刊文春』が、当時民進党の代表代行だった山尾志桜里氏と、既婚者の弁護士である倉持麟太郎氏との不倫疑惑をスクープしました。記事には、二人が都内のホテルに頻繁に出入りする様子や、深夜に会っていたことなどが詳細に報じられました。
- 2017年9月7日:報道を受けて、山尾氏は民進党の代表代行を辞任。疑惑については全面的に否定し、「男女の関係はない」と主張しました。
- 2017年9月8日:山尾氏は記者会見を開き、改めて不倫関係を否定しました。倉持氏を政策顧問としていた経緯や、専門的な相談相手であったことを説明し、疑惑の払拭に努めました。

2018年〜2019年:交際公表と訴訟、そして和解へ
- 2018年1月:報道後、二人の関係が継続していると報じられ、交際を開始したことが明らかにされました。
- 2018年3月:山尾氏は不倫報道による党内からの批判や世論を受けて、民進党に離党届を提出しました。
- 2018年6月:山尾氏は倉持氏との関係について、正式に交際していることを公表しました。
- 2018年11月:山尾氏の夫が、山尾氏と倉持氏に対して慰謝料を求める訴訟を起こし、法廷での争いに発展しました。
- 2019年5月:山尾氏と倉持氏は、山尾氏の夫との間で慰謝料をめぐる訴訟について和解が成立。和解内容は非公開ですが、これにより法的な問題は終結しました。

2021年:政界引退と結婚

出典:ANN
- 2021年10月:山尾氏は、次期衆議院選挙に出馬せず、政界を引退する意向を表明しました。
- 2021年12月:山尾氏と倉持氏が結婚したことを公表。不倫疑惑から始まった二人の関係は、最終的に婚姻という形で結ばれました。
この一連の出来事は、政治家である山尾氏のスキャンダルとして大きな注目を集め、山尾志桜里さんの政治キャリアに大きな影響を与えました。
2025年(国民民主党からの擁立会見)

山尾氏(公的には「山尾」表記で活動)が記者会見で2017年報道への向き合い方を語り、信頼回復への決意を示しました。
菅野志桜里さん(旧姓・山尾志桜里)が世間の注目を浴びたのは2017年の不倫報道でした。当時は国会で鋭い発言を繰り返す存在として知られており、私もニュースで山尾志桜里さんを見かけるたびに力強さを感じていました。しかし、その年の9月、週刊誌が弁護士・倉持麟太郎氏との親密な関係を報じ、大きな衝撃が走ります。家庭や育児を語ってきた山尾志桜里さんのイメージと重なり、その落差に驚いた人は多かったはずです。
報道によれば、倉持氏の妻が病気療養中であるにもかかわらず、二人が会っていたとされました。
証拠写真も公開され、国会議員としての公的イメージとはかけ離れて見えたことから批判は一気に高まります。
私自身も当時、政治家としての姿と報じられた内容のギャップに驚きを隠せませんでした。
同じ2017年に倉持氏は離婚が成立し、翌2018年には菅野さんも当時の夫と別れています。
この流れから、二人の関係が単なる噂ではなく現実味を帯びたものとして広まったのは自然なことでした。
ただし、再婚など具体的な動きは今も確認されていません。
ここはあくまで世間の憶測に留まっていると考えたほうが良さそうです。
菅野志桜里のプロフィール

- 名前:菅野志桜里(旧姓:山尾志桜里)
- 生年月日:1974年7月24日
- 出身地:宮城県仙台市生まれ、愛知県育ち
- 学歴:東京大学法学部卒業
- 職歴:検察官を経て政治家に転身
- 所属:国民民主党(2023年時点の最新動向)
経歴と主な出来事(波乱の流れ)
- 1999年:東京大学法学部を卒業し、検察官として任官。知的財産や民事などを担当。
- 2004年頃:検察官を退職し、政治の道を志す。
- 2009年:民主党公認で衆議院議員選挙(愛知7区)に出馬し、初当選。
- 2012年:衆議院選挙で落選。
- 2014年:再び当選を果たし国会に復帰。鋭い質疑で注目を集め「政界のジャンヌ・ダルク」と呼ばれる。
- 2016年:保育園問題や子育て政策を積極的に発言。子育て世代の代表的存在として評価される。
- 2017年9月:週刊誌に弁護士・倉持麟太郎氏との不倫疑惑を報じられ、大きなスキャンダルとなる。
- 2017年10月:立憲民主党からの出馬を辞退。政治生命の危機と報じられる。
- 2018年:夫の山尾恭生氏と離婚。旧姓「菅野」に戻す。
- 2019年:立憲民主党を離党し、国民民主党に合流。
- 2020年以降:弁護士としての活動に軸足を置きつつ、政治活動も継続。
- 2023年:国民民主党からの擁立が報じられ、政界復帰が注目される。
山尾志桜里としての政治家時代
菅野志桜里さんは、旧姓の山尾志桜里として長く政治の世界で知られていました。東京大学法学部を卒業後、検察官としてキャリアを積み、2009年に愛知7区から衆議院議員に初当選します。民主党や民進党に所属し、鋭い質問や政策提案で存在感を発揮していました。私は当時の国会中継を見て、その堂々とした姿に圧倒された記憶があります。
現在、菅野さんは国民民主党からの擁立を受けています。民進党の流れを汲む政党で、結束を強める中で山尾志桜里さんの実績が評価されました。
ただ、過去のスキャンダルが影響し、賛否両論の声も聞かれます。次の選挙戦では、山尾志桜里さんがどんな政策を掲げ、有権者に信頼を取り戻すのかが注目されるでしょう。
アイドルから検察官、そして政治家へ
意外な一面として、若い頃は芸能活動をしていました。ドラマ『ママさんバレーでつかまえて』に出演した経験もあり、当時から表現力や発信力を培っていたのかもしれません。その後、検察官から政治家へと歩みを進め、多彩なキャリアを築いてきました。アイドルから弁護士資格を持つ検察官、そして国会議員へ――この経歴の多様さが、今も国民の関心を集める理由の一つだと思います。
まとめ
2017年に始まった山尾志桜里さんと倉持麟太郎氏の不倫報道は、今も多くの人の記憶に残る出来事です。
私自身も当時のニュースを見て、その落差の大きさに驚きを隠せませんでした。
報道後には両者の離婚や交際の公表、さらには結婚までと、まさに波乱の展開が続きました。
人は過去を消すことはできませんが、乗り越え方で未来は変えられるのだと思います。
私はこれからも、山尾志桜里さんがどんな形で信頼を取り戻していくのかを注目して見守りたいです。